鳥海山 台風一過

 以前から気になっていた山に、長距離運転をして、ようやく登ってきました。 東北の山だけあって、2000m級の山でも雪渓が豊富でした。
【山 名】鳥海山(ちょうかいさん、とりのうみやま)(出羽富士、鳥海富士、秋田富士、羽山)
      扇子森(せんすもり) 1759m
      新山(しんざん)(享和岳) 2236m
      七高山(しちこうざん) 2230m
        一等三角点 2229.20m 点名:鳥海山(ちょうかいさん)
        所在地:山形県飽海郡遊佐町大字吹浦字鳥海山1番地
      行者岳 2159m
      伏拝岳(ふしおがみだけ、ふくはいだけ) 2130m
      文殊岳 2005m
【山 域】出羽山地 鳥海火山帯 鳥海国定公園
【所在地】山形県飽海(あくみ)郡遊佐(ゆざ)町・秋田県由利(ゆり)郡象潟町
【山行日】2005年7月28日(木曜日) (アプローチ含めると7月27日〜29日)
【行 程】象潟口から
 27日(水)
  豊川 ==(R1)== 音羽蒲郡IC ==(東名・伊勢湾岸・東海環状・中央 93.8km \2,850)== 恵那IC ==
  6:16                                                                           7:16
  ==(中央)== 恵那峡SA ====(中央・長野・上信越・北陸・日本海東北 439.0km \9,250)== 中条IC ==
                  -7:58                                                               13:50
  ==(R7)== 鶴岡IC ==(山形道 \250)== 庄内空港IC ==(山形道 \450)== 酒田みなとIC ==(R7)==
                                       16:13                          16:25
  == 道の駅鳥海 ==(鳥海ブルーライン)== 鉾立(往路走行距離:720.6km)
                                        17:59
 28日(木)
  鉾立 ---- 鉾立展望台 ---- 賽の河原 ---- 御浜小屋 ---- 御田ヶ原 ---- 万助・二ノ滝分岐 --
  5:32       5:42            6:43         7:15-7:18      7:36          7:44
  -- 七五三掛 ---- 分岐 --(千蛇谷コース)-- 大物忌神社 ---- 新山 ---- 大物忌神社 --
      8:03         8:10                       9:23         9:39-9:45    10:04
  -- 分岐 ---- 七高山 ---- 分岐 ---- 分岐 ---- 行者岳 ---- 伏拝岳 ---- 湯ノ台道分岐 --
     10:21     10:26       10:32     10:50     10:54       11:03             -11:07
  -- 分岐 ---- 文殊岳 ---- 千蛇谷分岐 ---- 七五三掛 ---- 御浜小屋 ---- 鉾立展望台 --
     11:20     11:30-       12:07           12:14          -13:39       14:52
  -- 鉾立 ==(鳥海ブルーライン・R7・R112)== 鶴岡駅付近 ==== 湯田川温泉 ==(R345・R7・R345・R7・R8)== 
   -15:14
  == 新潟西第一IC ==(北陸・上信越・長野・中央)==
 29日(金)
  ==(中央・東海環状・伊勢湾岸・東名 \7,150(深夜割引))== 岡崎IC ==(R1)== 豊川(合計走行距離:1435.9km)
                                                            6:27           6:54
【所要時間】約9時間30分(含休憩)
【標高差】約1080m
【天 候】霧のち晴(28日)
  27日:24℃(自宅出発時) この日、鳥海山では64mmの雨が降った(気象庁データより)
  28日:11℃(7:15)、16℃(8:41)、18℃(新山にて)
  29日:25℃(帰宅時)
(7月28日象潟の気象庁データより:平均気温22.4℃、最高気温24.9℃、最低気温19.7℃、
               平均風速2.3m/s、最大風速4m、最大風速の風向:西南西、日照時間:9.7h)
【使用地図】1:50,000山と高原地図8 鳥海山・月山 2005年版
      1:25,000地形図 鳥海山(ちょうかいざん) 平成3年修正測量
【スタイル】皮登山靴zamberlanフジヤマ、厚手靴下、TARAS BOULBA ズボン(ポリエステル60%、綿35%、ポリウレタン5%)、
      アクリル100%下着、mont-bell半袖Tシャツ(ウイックロン)、
      ポリエステル100% MUSSHU長袖シャツ(朝と七高山付近のみ)、MILLETザック、腕時計(CASIO TWIN SENSOR)、
      デジタルカメラ:MINOLTA DiMAGE7(首に下げて歩く)
       途中からはコンパクトデジタルカメラ(MINOLTA DiMAGE Xt)も持って歩く
 鳥海山に魅力を感じたのは雑誌で見た山スキーの写真だったと思います。日本海を見ながらスキー滑降するなんて最高だろうな、と。でも結局最近は山スキーもご無沙汰してしまって、山スキーでこの山を訪れる可能性はほとんどないと言ってもいいぐらいになってしまいました。でも、鳥海山に魅力がなくなったわけではなく、日本百名山の一つであるだけでも登る価値のあるこの山を訪れました。関東地方との境にある燧ヶ岳を除けば東北地方の最高峰でもあるようです。

 ちょうど台風7号が接近していてその動向が気になる。26日夜に千葉県に上陸したものの(今年初上陸の台風だった)、その後太平洋を北上したため、直撃は避けられたよう。特に問題なく、アプローチも登山もできるだろう。そして台風一過を狙って出発。

◆アプローチ◆
 27日朝、自宅を出発するときは晴れていた。今日は1日かけて登山口へ行く。700kmを超える長距離なので、できるだけ疲れないように音羽蒲郡ICから高速道路を使う。東海環状道から中央道に入って93.8km地点の恵那ICで一旦下りる。朝の通勤割引を利用するためだったが、計算上は小牧JCT経由で106.2km。瑞浪ICで下りるつもりだったのだが、勘違いしていた。損してしまった。
 (2005年9月28日以降、音羽蒲郡〜恵那間も通勤割引適用区間となりました。苦情が多かったのでしょうか。私も7月初旬に苦情ではないですが、理由の問合せをしました。)

 朝食は恵那峡SAで豚汁定食(\500)。長野道、上信越道、北陸道、日本海東北道を経由して中条ICへ。途中の米山SAで昼食として海の親子丼(\980)、つまりいくらと鮭の丼物を食べた。また、黒埼PAでガソリン補給。7月の高速道路での上限の123[円/L]だったが、8月1日以降の上限は125[円/L]に値上がりしたようである。R7を経由してさらに鶴岡ICから酒田みなとICまで。庄内空港IC以降はカーナビにも載っておらず、知らずに酒田まで行ってしまった。料金は高くなったが、時間を稼ぐことはできた。

 吹浦(ふくら)手前の道の駅鳥海「ふらっと」で夕食にエビフライ定食(\900)を食べて鳥海ブルーライン(鳥海公園吹浦線)で秋田県に入って鉾立へ。以前は有料だったそうだが、今は無料の道路である。予想通りのガスでゆっくり運転。鉾立に着くとだだっ広い駐車場があり、まだ暗くなる前のガスの中に車が数台うっすら見えた。トイレもあり、そこからあまり遠くないところにとめる。

 鉾立(ほこたて)からの象潟(きさかた)口コースは鳥海山のメインルートです。歩行時間も一番短いと思われます。最初に登るのだから、このルートでいい、と選択しました。

◆車中泊◆
 外に出ると霧に濡れるため、トイレに一度だけ行って後は車の中で座席をできるだけフラットにしてマットなどを敷いて段差を少なくする。シュラフを出し、寝る準備万端。でもこんな早い時間には寝れないだろう、と思いながら3日前に豊橋で買ったばかりの薄手の羽毛シュラフにくるまっていたら、知らずに眠っていた。やはり長距離運転で疲れたのだろうか。

 一度寒さで目が覚め、シュラフカバーを出して、フリースを着込む。雨や風の音が気になる。これじゃ、まだ雨の中の山行を覚悟するしかないか。明るくなって外を見ると、既にカッパを着込んでトイレの前に人がいる。ガスは薄くなっているようだが、晴れてはいない。しばらくシュラフから出られないが、いつまでも寝ているわけにもいかない。小屋泊ではなく日帰りでここまで帰ってくる予定なのだ。山中ではテント不可らしく、コースタイムを見て日帰り可能だと判断していた。この時間に登り始める人たちはみな日帰り予定だろう。下から車で登ってくる人たちも来るようになってきた。シュラフをしまい、朝食に途中のローソン中条追分店(R7沿い)で買った紀文のそうめん風とうふ(\210)と、サンデリカの海草サラダ(\210)に理研の青じそノンオイルドレッシング(\21)をかけて食べた。

◆出発◆
 それでも5時半過ぎに出発することができた。登山口は昨日車の中からたぶんここだろうと思っていたところに先行者が行くのも確認していた。それでも朝来た人に登山口はどこかと聞かれ、たぶんあそこでしょう、と話したりするほどガスは出ているのである。みんなカッパを着て出発しているようだが、私は長袖シャツのまま。多少霧粒に濡れるが、たいしたことはない。カメラも首にかけたまま出かけようとすると、先ほど登山口を聞かれた人に声をかけられる。このガスの中、カメラをぶら下げて何か撮るものがあるの?という感じに。

 最初のうちはあまり花も目につかないのは天気が悪いせいもあるだろうか。いずれにしても登りはできるだけペースを落とさずにまずは新山まで行きたい。花の写真は帰路にじっくり撮ればいい。

◆象潟口道◆
 TDK小屋(東雲荘(とううんそう))を過ぎ、展望台に着くが当然何も見えない。賽ノ河原で1パーティ抜き、少し先でもう1パーティ抜いて、御浜小屋に着く。風が冷たい。残念ながら鳥海湖(鳥ノ海)はガスの中で、どのあたりにあるのかもわからない。なだらかな丘(帰宅後「扇子森」という名前があることに気づいた)を越えて一旦下る。後ろから小屋の人だろうか、ネギなどを背中に背負って速い歩調で追い越していった。七五三掛(しめかけ)は少し広くなったところで、左の方向へ進むと崖になっていた。登山道は右前方だった。ガスの中、イワヒバリを間近に見ることができた。



石畳の登山道



登山道の岩の上にいたイワヒバリ

 千蛇谷雪渓コースと外輪山コースとの分岐は狭い登りの途中にふいに現れる。以前は七五三掛に分岐があったようですが、崩れて今の場所になったようです。前日登山口についてからエアリアマップを見て初めて千蛇谷のコースに雪渓と書かれていることに気づいた。ひょっとして軽アイゼンを持ってくるべきだったか、と後悔したが、もう遅い。それでもできれば往路に雪渓コースをたどり、復路は外輪山コースとしたい。まずは行けるところまで行こうと千蛇谷雪渓コースに入る。



千蛇谷分岐付近から鳥越川を隔てて稲倉岳方面を見る

◆千蛇谷◆
 すぐに下りになりしっかりした鉄梯子があった。そこからトラヴァースして雪渓に出る。エアリアマップに危険マークがある箇所だろうか。雪渓はかなり上まで続いていた。そして、その雪渓を登っている人が点々と4人見えた。かなり上部まで雪渓を登っているようだ。傾斜はそんなにきつくなさそうだが、上部は当然ながら傾斜が増している。軽アイゼン無しでは無理か、と引き返して外輪山コースへ行こうとも思ったが、様子見がてら行けるところまで行ってみることにする。雪渓に降り立ち、少し歩く。このあたりの傾斜なら大丈夫そうである。ただし、上部に行けば難しくなってきそうではある。でもいざとなれば雪渓の横に出て歩けそうな気もする。雪渓にロープが渡してあるのはなぜだろうと、その先を見ると、登山道があった。どうやら雪渓は横断するだけで正規の登山道を登ればいいようだ。雪渓を登っている人たちはそれではつまらないからあえて雪渓を登っているのだろう。軽アイゼンもつけているかもしれない。足を上から雪面に突き刺しているような感じで歩いているように見える。



千蛇谷分岐から雪渓へと下る梯子を振り返る

 

千蛇谷雪渓 中ほどに2人が登っているが点にしか見えない

 私は無理せず雪渓を横断し、登山道を歩く。無理する理由もない。雪渓登りは白馬大雪渓や針ノ木雪渓で経験済みでもある。ただ、針ノ木雪渓ではちゃんと軽アイゼンを持っていったが、秋に白馬大雪渓に行ったときには一般的な登山道だから軽アイゼンなしでも登れるだろうと持っていかずに、雪渓歩きは必要最小限にせざるを得なかったことはあるが。

 登山道を進むともう一度雪渓の枝渓を横断するところがあった。ここは少し傾斜があるが、不安になるほどではなく、慎重に渡れば問題ない。ここにもロープが渡してあった。ここを横断して一旦休憩とする。おにぎり1個(生たらこ\158)を食べる。雪渓の外輪山側から自然落石が二度あった。その前にも雪渓に大きな足跡のような穴がぼこぼこ空いていたのを見ていたので落石の跡だろうと思っていたが、まさしくそこでその落石を見た。昨日の雨で融雪も進んだのだろう。後はずっと登山道である。扇子森あたりで抜いていった小屋の人らしき人が背中を軽くして戻ってきた。そんなに若い人ではなさそうなのにかなりの健脚である。



千蛇谷雪渓を隔てて外輪山を見る
落石は写真の右端あたりで、雪渓上に転がった跡があるが写真ではわからない

 小屋に出る手前で雪渓本流の上部を横断する。前方に見た雪渓上を歩いていた二人組がようやく雪渓から離れて登山道に上がって来ようとしているところを眼下に見た。やはり上部は歩きづらいような感じであった。ということは少なくともその人は軽アイゼンなしで上がってきたのだろう。

◆鳥海山最高峰新山◆
 小屋から見上げる新山は岩山である。1801年の噴火でできた中央火口丘である。西暦1801年は享和元年であり、享和岳とも呼ばれているのだという。このときに噴火の様子を見に行った11名のうち、8名が噴石により死亡したといいます。ちなみに鳥海山の噴火で最新のものは1974年(昭和49年)です。そんな最近に鳥海山が噴火していたとは知りませんでした。

 登山道はどこにあるのだろう。小屋の前を通り、小屋の人たちと言葉を交わす。「昨日は良かった」と言うので、一瞬言葉に詰まったが、客が誰もいなかったから仕事をしなくても良かったというぐらいの意味だろうと理解した。ところがすぐ先は行き止まり(大物忌(おおものいみ)神社)だった。戻って新山に登るのはどこか、と尋ねると先ほど見たところからだという。ちゃんと印がある、と教えてくれる。ぱっと見、登れそうにないような感じに見えたので、まさかそこが登山道とは思わず、岩に付けられたペンキ印にも気づかなかった。



大物忌神社 背後は新山方面



大物忌神社前から見上げた新山方面 ここをほぼ真っ直ぐに登っていく

 白ペンキの矢印に従い登っていく。危険というほどではないが、岩場登りである。最後にこんな登りがあるとは意外だった。そして岩の上に出るとそこに何人かがピークにいた。しかし矢印は先に続いている。どうやらそこにいた人たちは本当のピークまで行かずにそこで引き返すつもりらしい。その気持ちはわからないでもない。しかし、ここまで来て本当の新山のピークに行かないわけにはいかない。



一旦この閉塞感のある岩の間へ下っていく

 「大切通し岩」の溝の底を一旦下る。上から岩が落ちてきそうな嫌な場所である。そしてまた岩場登り。左からぐるっと巻いて登っていく。そして山頂。「鳥海山」のプレートもある。しかし誰もいない。記念写真を撮ることもできない。普段はあまり自分の記念写真など撮らないが、たまには撮りたい。わざわざ東北の名山まで足を延ばしたのである。でもこういう時に限って写真が撮れない。でもそんなことに拘るほどでもない。数分間、まわりの眺望を満喫し、さっさと下りにかかる。もっとも近くの岩のピークが見えるのと外輪山が見えるぐらいで、雲で遠望はまったくない。



新山ピークからすぐ隣のほぼ同じ高さの岩峰を見る

 下りはあまり白ペンキの印が見えにくい。後で一緒になる人が、ここで少し迷ったという。右の方にもペイントがあるようだが、エアリアマップの破線路だろうか。無理せず来た方向へ戻る。大切通し岩あたりで登ってくる単独の若い男性とすれ違う。そして小屋に下る。すると一人のやはり若い男性から写真を撮ってほしいと頼まれる。ついでに私の写真も撮ってもらう。バックは外輪山が少し見える程度でほとんど雲と空で、写真を見てもどこだかわからないだろうが、1枚ぐらい自分の写った写真を撮っておくのもいいだろう。



大切通し岩を新山側から見る

◆一等三角点峰七高山◆
 さてここからは外輪山へ向かいたい。時間には余裕がある。近くには七高山という名前のあるピークが目についた。せっかくだからそこにも寄りたい。外輪山へ登るには二つのコースがあるようだ。行者岳方面に向かうのが一般的なのだろうか。ちょうど何人かがそちらに向かおうとしていた。しかし七高山方面に向かう登山道もある。特に破線にもなっていないから行けると思うが、その登路を見ると崖しかない。どこを上がるのだろうか。そして小屋の裏から左を見ると雪渓が見えた。その上に上がっていくのだろうか。何人かがそちらを歩いているのを見た。しかし、さらによく見ると、崖にロープのようなものが下がっていたのが見えた。崖の中で落石が起こりそうに見える斜面だが、ロープか何かがあるぐらいだからそんなに苦労しないで登れるだろうとそちらに向かう。

 しかし、難所のその手前の雪渓の横断である。ここは距離こそ短いが、そこそこの傾斜があり、滑ったら下方の岩にぶつかるまで止まらないような場所である。そこを慎重に登山靴の横のエッジを利かせてカッティングするような感じで軟らかそうな雪面を選んで渡る。後は斜面の登りである。予想通り、見た目ほど危険な場所ではなく、落石も起こさず登ることができた。稜線に出たところにザックを置いて、七高山をピストンする。



神社から手前の雪渓を横断して七高山への外輪山稜線へ写真中央付近を直登する

 七高山に着くと目に入ったのが驚いたことに一等三角点だった。こんなところにひっそり?とこんな重要なものがあるとは。本当に来て良かったと静かに喜んだ。外輪山の最高峰でもある。そして大きめのテントウムシを見ていたら(帰宅後調べたら日本で最も大きいテントウムシだというカメノコテントウだった)、反対方向から三人の登山者が来た。下から登ってきたようでその方向を見ると下の方に雪渓があり、そこにたくさんの人が歩いていた。地図を見るとそこは矢島口方面から大雪路を通って氷ノ薬師という場所を通って七高山に登りつくコースのようである。



七高山一等三角点の周りはえぐれてしまっている



七高山から中央火口丘の新山を見る



カメノコテントウ 高山植物も食べるようだ



七高山から氷ノ薬師・大雪路・七ツ釜避難小屋方面を見下ろす
 雪渓の左寄りに人がたくさん繋がって見える

◆外輪山周遊◆
 戻って外輪山を巡る。小屋からの道を合わせて登ると行者岳。南の雲海の上に山が見え出した。有名な月山だろうか。あのなだらかなアスピーテ式火山(盾状火山)の形は写真などで見覚えがある。そこから河原宿への分岐がある伏拝岳。このピークは踏み跡からわずかに外れているが、ピークにも踏み跡があった。そこからわずかに下ると分岐がある。そこで外国人パーティと案内人と思われるガイドが休憩していた。そのガイドの人と少し話す。やはりあの山は月山だという。その月山は時間とともにはっきり見えてきた。そして飛島も見えるという。言われるまで気づかなかったが確かに島があった。飛島とは日本地図で見たような記憶はあるが、この辺りにあったのだ。



外輪山から見る新山と大物忌神社(小屋)



外輪山にあった石仏



行者岳の図根点



中央火口丘(左)と外輪山



新山のある中央火口丘は、成層火山(コニーデ式火山)らしい円錐形をしています



中央火口丘上部を見上げる

 文殊岳は2つ目の「図根・公共・山・酒」などの文字が見える石があるところだろう。花も多く、ペースも落ちるが、もう先は見えている。おにぎり1個(日高昆布\105)を食べる。今度はメモリーの残りが心配になってきた。もう1台のコンパクトデジタルカメラもザックから取り出す。一部登山道が崩壊したのか、通過に岩の上をわずかにトラヴァースする箇所もあったが、注意して通過すれば問題ない。

◆復路の出会い◆
 往路との分岐を越えたら後は何の心配もない。来た道を戻るだけである。扇子森への登りにかかるところで年配の男性と話をする。なぜか話がはずみそのまま一緒に歩く。なんと68歳で東京から来ているという。



扇子森に続く立派すぎる登山道



扇子森付近から日本海(象潟方面)を見下ろす。

 御浜小屋で一旦別れて下りは遅いからと先に下っていった。私は眼下に見える鳥海湖の写真を撮ったりおにぎり1個(鶏五目\126)を食べたりした後、下る。鳥海湖(鳥ノ海)は西鳥海火山体の噴出口の一つ(火口湖)であり、新山付近の東鳥海火山体と合わせ、複合火山を形成している。鳥海湖のすぐ横には鍋森(鍋ヶ森)という中央火口丘がぽっこりと底の深い鍋をひっくり返したように突き出ている。ちなみにこの旧火山の外輪山には扇子森がある。



鳥海湖(鳥ノ海)と鍋森(鍋ヶ森)。右の雲に隠れ気味なのは笙ヶ岳。

 海岸線も見渡せるようになっていた。そのうち追いつくだろうと思っていたが、結局登山口近くの展望台まで追いつけなかった。花の写真を撮りながら下っていたとはいえ、石畳のような登山道の影響か、膝に痛みを感じゆっくりにしか下りれなかったのが大きいが、その人の足が速いのが一番大きかったのだろう。昨日は台風で山に登れなかったかわりに象潟で走っていたという。展望台で私を待ちわびていたのかもしれない。



展望台から鳥海山中央火口丘を望遠する。

 一緒に登山口に下る。明日は月山に登るそうで、今日は鶴岡に泊まるという。そこまで車で送ることにする。私は今日は、明るいうちに下りれば後は適当にどこでも車中泊できるので方向が同じだし、どこまで送ろうが気にする必要もない。ただ汗だけはどこかで流したい。一応予定では象潟に下りて温泉に入ることを考えていた。まあ、今時、温泉なんてどこにでもあるからその心配も大きくはない。ただその場所が鶴岡以南になるというだけのことである。

◆温泉と帰路◆
 初めて見る庄内平野からの秀麗な鳥海山を振り返り見ながら車を運転し、JR羽越本線鶴岡駅付近で別れ、さらに南下。カーナビ上に温海(あつみ)温泉というのがあったので入れるかどうか分からないが、とりあえずそこを目指すことにする。ところがその途中に看板で車で5分という湯田川温泉というのがあったので、まずそこに向かうことにする。そして、共同浴場があったので、そこに入って汗を流した。

 後は、夕食をどこかでとりたい。昨日とは違って日本海がよく見える。波も静かである。沖に見えるのは佐渡島だろうか。しかし想像よりも小さいし、その山も高くない。後で知ったがそれは粟島らしい。

 道の駅「あつみ」があったのでそこに寄ったが、ちょうど食堂は「蛍の光」が流れているところだった。仕方ないので、先に進む。山形県から新潟県に入る。来たときは国道7号を忠実にたどったが、帰路は日本海沿いに進むことにする。すると、道の駅「笹川流れ 夕日会館」のレストランがやっていたので、「はらこ丼」(\920)を食べた。ちょうど粟島の彼方に夕日が沈んでいくところだった。

 後はどこかでガソリンを補給して適当に帰るだけ。疲れたらそこで車中泊すればいい。しかしそのガソリンスタンドが国道7号線沿いにはない。そのうち新潟に着いてしまった。夜になればスタンドもほとんど閉まってしまう。それにずっと下道で帰るつもりはないからどこかから高速道路に入らなければならない。変なところに行ってしまう前に高速道路に乗った方がいい。ガソリンの補給も確実にしたい。ということで新潟西ICから高速に乗る。そして黒埼SAでは補給せず米山SAまで引っ張り、ガソリン補給する。これでもう確実に自宅まで補給するする必要はない。燃費はかなりいい。高速をあまり走らず日本海側の国道を経済速度で走ったからだろう。普段の悪いときと比較すると倍近くにもなったのには驚いた。登山後はいつもそうだが意外に目は覚めていて、運転できる。それでも疲れはあるようで、サービスエリア毎に休憩する。そして、ちゃんと寝たのは結局駒ケ岳SA。朝になって帰宅した。

◆感想◆
 往復1,400km以上のドライブはさすがにしんどかったですが、それでも思い切って遠出して本当にリフレッシュできました。一人でこんなに遠出したのは16年前の北海道以来です。北海道は1ヶ月以上の滞在でしたが、今回は東北まで行って鳥海山のみ。この差は大き過ぎますが、それでもどことなく似た印象があります。一期一会の出会いや名も知らなかった温泉にふらっと寄ったりと、新鮮さにおいて、最近では群を抜いていたからかもしれません。
「チングルマ」の東北イントネーションも聞けました。発音も「ツィングルマ」と聞こえました。(^^)

 見かけた花
 ヨツバヒヨドリ、ノリウツギ?、タニウツギ、ツルアリドオシ、ハクサンボウフウ?、クルマユリ、ウゴアザミ、ミヤマスミレ?、チングルマベニバナイチゴ、ウラジロ?ナナカマド、タカネスミレ?、イワカガミキタヨツバシオガマタカネアオヤギソウニッコウキスゲトウゲブキ、ハクサンシャジン、チョウカイアザミ、ミヤマシシウド?、コバイケイソウ、ミヤマホツツジ、ケナシミヤマキンポウゲホソバイワベンケイイワブクロアオノツガザクラズダヤクシュ、イワギキョウ、ミヤマアキノキリンソウ、ミヤマキンバイ、チョウカイフスマミヤマリンドウハクサンチドリウサギギクオンタデ、ハクサンフウロ、ハクサンシャクナゲネバリノギランヤマハハコ、シラネニンジン?、カンチコウゾリナ、ハクサンイチゲ、イワイチョウ、ヒナザクラガクウラジロヨウラクシロバナトウウチソウ、ミヤマツボスミレ?、ミヤマカラマツシロバナニガナ、トリアシショウマ?、クガイソウマルバシモツケ


 【鳥海山が紹介されている本】

『アルペンガイド3 鳥海・飯豊・朝日』(山と溪谷社)2000年4月初版第1刷
  多くのルートからのガイドが載っています。鳥瞰写真もあります。
  こちらから購入できます→amazon.co.jp『アルペンガイド 鳥海・飯豊・朝日』

『山と高原地図8 鳥海山・月山』(昭文社)2005年発行
  地図と各コースの解説があります。

『東北の山 岳人カラーガイドブックス11』(東京新聞出版局)昭和59年4月27日第2刷
  山頂付近の拡大図があります。花の羅列もあります。

『日本百名山』(朝日文庫)
  吹浦の海岸から登ったことが書かれています。

『花の百名山』(文春文庫)
  チョウカイフスマを中心に書かれています。

『山と溪谷No.714(1995年1月号)』(山と溪谷社)1995年1月1日発行
  「都道府県ふるさと一の山」で、秋田県・山形県の山に選ばれています。

『岳人 No.492(1988年6月号)』(東京新聞出版局)昭和63年6月1日発行
  「特集/みちのく北緯40度の山々」で紹介されています。

『日本の山1000』 (山と溪谷社)1992年12月1日2刷
  2ページにわたり2枚のカラー写真とともに紹介されています。

『コンサイス日本山名辞典修訂版』(三省堂)1989年9月1日第6刷
  鳥海山、新山、七高山、扇子森、伏拝岳の項あり。火山の構成、別名の記述あり。

『'96〜'97 るるぶ 東北』(JTB 日本交通公社出版事業局)1996年6月1日初版発行
  山の紹介のみで登山の案内はありません。温泉等の周辺施設の案内があります。
  '05〜'06版はこちらから購入できます→amazon.co.jp『'05〜'06るるぶ東北』

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