南沢山・横川山 積雪

 スノーシューで歩くには最適の山でした。
【山 名】南沢山 1564m
     横川山(横川岳・湯舟沢山) 1619.83m 二等三角点 点名:横川山
【山 域】木曽山脈
【所在地】長野県下伊那郡清内路村阿智村・木曽郡南木曽町・岐阜県中津川市
【山行日】2005年3月12日(土曜日)
【行 程】ふるさと村自然園から往復
  豊川 ==(R257・県10・R153・R256)== ふるさと村自然園 ---- 南沢山 --
  5:52                                      -9:37      11:39-
  -- 横川山 ---- 南沢山 ---- ふるさと村自然園 ==(R256)== 昼神温泉 ==
  12:22-12:29                15:19
  ==(R153・県10・R257)== 豊川(合計走行距離:245.0km)
                      19:46
【所要時間】5時間42分(含休憩)
【人 数】2人
【標高差】約570m
【天 候】曇または雪・霧 風あり 気温:8℃(自宅出発時)、−4℃(昼食時)、4℃(帰宅時)
 (3月12日浪合の気象庁データ:平均気温0.6℃、最高気温6.5℃、最低気温-4.6℃、
   平均風速2.7m/s、最大風速5m/s、最大風速の風向:北西)
【地形図】1:25,000 兀岳(はげたけ)昭和61年修正測量
          伊那駒場(いなこまば)平成12年修正測量
【スタイル】化繊下着上下、化繊ジャージズボン、長袖シャツ、カッパ(ズボン)(カッパ上は途中から)、
      中国製モンベルGORE-TEX後ファスナー黒色ナイロンロングスパッツ(購入後初使用)、
      冬用皮登山靴、ダブルストック(ピッケルはザックについたまま使用せず)、
      スノーシュー(登山口から南沢山までの登りはつぼ足)、眼鏡バンド、手袋(途中から)、
      オーバーミトン(途中から)、デジカメ、ウェストバッグ、
      サングラスは最初少しだけで曇天のため途中から外した、
      アイゼンは不必要だろうと車内に残していく
 最初は鷲見さんと奥美濃の能郷白山に登るつもりだった。しかしこのところの雪がちな天候が気になり、これじゃ日帰りで山頂往復はできないだろうと想像した。じゃあ、山を変更して小津権現山にしようかと。ここなら少なくとも登山口まで車で入れるのは間違いないだろうと。しかし、土曜の天気予報は冬型。奥美濃は雪の可能性が高そうに思われた。そこで、前日の金曜日に、もっと降雪の少なそうな場所にしようと話し合った。そこで、最近新聞か雑誌か何かで南沢山が紹介されているのを見ていたのでそこが候補にあがった。スノーシューで登る山として紹介されていたのだが、別にスノーシューにこだわる必要はない。ただ、登山口まで車で行けそうだと思い、またそんなに降雪もないだろうと。

 鷲見さん宅で紅茶をごちそうになるが、これが濃かったようで、また朝に弱い私は車酔いにもなり、吐き気を催しながら言葉少なに運転する。途中、雨が降ったりしているが、それは気にしない。元々天気が不安定なのはわかっているのだ。治部坂あたりの気温は0℃。さすがに寒い。しかし雨ではなく雪ならば文句はない。

 ふるさと村自然園の駐車場には先行の何台かの車が止まっていた。そして単独の男性も一人。どうやらその前のパーティはツアー登山客のようだ。スノーシューで売り出している山のようだからスノーシューツアーなのだろう。地元、松本ナンバーの車がほとんどで他には岐阜ナンバーの車を1台見た。単独の男性は最初からスノーシューをつけて歩いていった。

 我々はカッパをはきロングスパッツをつけてつぼ足で歩くことにする。これだけ先行者がいれば苦労はしないだろうし、スノーシューもいらないのではないかと思ったからだ。
 ところが、先行者は全員スノーシューのようで、つぼ足では、ズボッ、ズボットたまに踏み抜いていしまう。春らしい雪といえばそうなのだが、先行者がたくさんいて、トレースもばっちりなのに、これは意外である。完全にスノーシュー専用の山なのだった。

 それでも、気にせずつぼ足のまま登っていく。スノーシューをつけて重たい足で歩くよりはたまにはまる程度なら構わないと思った。ところどころ凍り気味でつぼ足では滑りそうなところがあったが、わずかで、アイゼンが必要なほどでもない。

 中間点と書かれた看板になかなかつかない。そしてようやくその中間点を過ぎたところで単独の男性を追い越す。沢コースとの分岐を過ぎてあとはたいした登りもなく南沢山に着く。先行パーティは風下の斜面で休憩していた。さすがに稜線に出ると反対側からの風が強い。今までシャツだったが、カッパの上を着て、目出帽をかぶり、オーバーミトンをつける。そしてここからスノーシューをはく。他はみんなここから戻るようだ。この先トレースはないが、先週についたようなスノーシューの跡はかすかに残っている。ツアーのリーダーらしき人と話すと先週は新雪だったそうだ。



南沢山からガスで行く手が見えない横川山方面を見る

 鷲見さんはわかんで、何度もはまっていたが、私のスノーシューはほとんどはまらず快適である。そして素晴らしいトレッキングが味わえた。南沢山で戻るなんてもったいないと思えてしまう。この高原状の稜線歩きが最高である。南沢山までと全く違った雰囲気が味わえる。



ガスがはれて横川山が見えた

 しかしガスが出てきた。高原状の広い尾根が曲がっている。下手したら帰りに道を見失うかもしれない。でもそんなに時間が遅くなるわけでもないから足跡は消えないだろうと思い、前進する。



霧氷の着いたカラマツ



枯れた株と暗雲

 横川山にはそんなに時間がかからず着けた。東側は大きな雪庇となっていた。どれほどの規模か覗くことはできなかった。風の弱いところまで戻って昼食にしたい。

 帰路、やはりガスの中、踏み跡をたどって戻る。雪はそれほどでもないが風が強く、踏み跡はほとんど飛ばされてきた雪で消えかかっていた。踏み跡は降雪で消えるだけでなく、風でも消えるのだと実感する。幸い、ズボットはまった跡までは消えていないし、ガスもずっと濃いままではなかったので、ほとんど迷わずに戻ることができた。途中ガスが切れたときには笠置山も見えた。



一瞬ガスがはれ笠置山が見えた

 南沢山が近づいてカラマツ林の中に入ると、風が弱まった。東の斜面に移動し、昼食とする。二人で出前一丁3袋と餅2個を鍋で作る。なかなか沸騰しないと、気温を見ると氷点下4℃。餅はちょっと芯があったが、体は温まった。



カラマツ林 この奥で昼食をとった

 南沢山からの下りはスノーシューをつけたまま。やはり快適である。はまることもまずない。稜線を離れると風は穏やかで晴れ間さえも見え隠れしていた。中央アルプス方面も白く見えた。そのまま登山口までスノーシューをはいたまま下った。



マッチ棒のようなサラサドウダン?の冬芽



下山途中から見えた中央アルプス方面の白い山々

 帰路、温泉は迷わず昼神温泉。夕食は新城で回転すしを食べた。


 【南沢山・横川山が紹介されている本】

『名古屋周辺 続 山旅徹底ガイド 裏木曽/東濃/奥三河』(中日新聞本社)1996年3月6日発行
 この山々に霧が多いとか、雷が多いという記述があるが、これは私が想像するに、『ぎふ百山』からの誤引用である。
 霧や雷が多いのは恵那市の気象データであり、決して南沢山・横川岳だけが多いというわけではないはずである。

『こんなに楽しい 岐阜の山旅100コース 美濃[下]』(風媒社)2003年1月20日第1刷発行
 南沢山・湯舟沢山が紹介されている。

『ぎふ百山』(岐阜日日新聞社)昭和62年7月15日復刻発行
 南沢山が紹介されているが、湯舟沢山の名称もある。

『美濃の山(第3巻)』(ナカニシヤ出版)平成10年11月3日初版第1刷
 湯舟沢山の項で南沢山も紹介されている。

『コンサイス日本山名辞典修訂版』(三省堂)1989年9月1日第6刷
 南沢山のみ。

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