天筒山 金ヶ崎宮から

 野坂山(記録)に登った翌朝に歩きました。金ヶ崎城跡など、歴史の舞台にもなっています。天筒山周辺では散歩している人たちを何人も見かけました。
【山 名】天筒山(てづつやま) 171.3m
【三角点】四等 171.28m(平成17年8月31日改測) 点名:天筒山(てづつやま)
      昭和33年7月22日選点 所在地:福井県敦賀市泉171号天筒山1番1 管理者:敦賀市(都市計画課)
【山 域】敦賀 天筒山風景林
【所在地】福井県敦賀市金ケ崎町・泉
【山行日】2009年5月3日(日曜日)
【行  程】金ヶ崎宮から
 ビジネスホテル クォーレ ==(R27・R8・R476)== 金ヶ崎宮駐車場 ---- 金ヶ崎宮 ---- 鴎ヶ崎広場 --
                    8:00                      8:11 - 8:16                      8:28
  -- 金ヶ崎城本丸跡 ---- 天筒山 ---- 永巌寺脇 ---- 金ヶ崎宮駐車場 ==(R476・R8・R365・県40)==
        8:46              9:24                      10:14 - 10:18
  ==  道の駅伊吹の里 ==(R21・R258)== 大垣IC ==(名神)== 尾張一宮PA ==(名神・東名)== 音羽蒲郡IC ==
                                    12:25               12:40-13:05                     13:53
  ==(R1)== ヤマナカ ==== 自宅(昨日からの合計走行距離:440.2km)
          14:03-14:35    14:38
【山行時間】1時間58分
【標高差】約170m
【人  数】1人(単独)
【天  候】曇 17℃(ホテル出発時)、18℃(登山開始時)、24℃(尾張一宮PA)、24℃(帰宅時)
     5月3日9時敦賀の気象庁データ:気温18.5℃、湿度57%、風速4.3m/s、風向:南南東、天気:◎、視程30.8km
【地形図】1:25,000 敦賀(つるが) 平成16年5月1日発行1刷
【スタイル】ミズノ ウォーキングシューズ "FREEWALK"、薄手ショートソックス、眼鏡、紺色デイパック、
 mont bellズボン(中国製 ナイロン(バリスパン)100% \6,570)、黒色ウェストバッグ(途中から)、
 綿100%チェックトランクス(日本製)、綿100%グレー半袖Tシャツ(タイ製)、
 綿100%シャンブレーインディゴ染め青色長袖シャツ(中国製、\1990、M)、腕時計(CASIO TWIN SENSOR)、
 デジタルカメラ:MINOLTA DiMAGE7(首に下げて歩く)、SONY α350(途中まで首に下げて歩く)
【所持飲料】無し
 ビジネスホテル クォーレをチェックアウトして、8時に出発します。国道27号線から国道8号線へ左折します。でもどこから登ったらいいのかわかりません。天筒山へ直接登っていくか、金ヶ崎城跡方面から登るか。

 天筒山に近づくと、「金ヶ崎城跡」への案内標識が目に入ります。ならばとその標識に従って進みます。貨物線の踏切を越えて左折すると、金ヶ崎宮の駐車場がありました。ここに駐車します。



駐車場はJR貨物敦賀港駅(2009年3月末で貨物列車は運休となった)の裏側にあります

 金崎宮(かねがさきぐう)には、観光客らしき人もいます。歴史ファンでしょうか、そんな話をしています。「難関突破と恋の宮」が売り文句のようです。祭神は、尊良親王(たかながしんのう)、恒良親王(つねながしんのう)とのこと。南北朝時代に新田義貞の軍が足利軍に攻められた場所であり、また戦国時代にも重要な舞台となりました。1570年、織田信長が朝倉義景討伐のため天筒城、金ヶ崎城を落として越前に攻め入ろうとした際、近江の浅井氏が朝倉氏の味方となり、挟み撃ちされた信長は撤退を余儀なくされ、金ヶ崎城に残ってしんがりを務めた豊臣秀吉の活躍によって、無事帰京できたということです。またこのときの秀吉を救ったのが徳川家康だったそうです。



金崎宮への登り口



金崎宮

 神社にお参りしてから、左手の遊歩道「花換の小道(幸の道)」を進みます。鴎ヶ崎の高台は、大正天皇が皇太子だった明治42年に訪れた場所だそうです。それから鴎ヶ崎方面から金ヶ崎城跡へ向かいます。途中には「尊良親王墓所見込地」があり、寄ります。古墳もあります。月見御殿跡からは敦賀湾の素晴らしい眺望が得られます。南北朝時代の本丸跡だそうです。ただ、すぐ北は石灰岩の採石場のようで、大規模な開発がなされています。採石だけでなく、敦賀セメントの工場も隣接しています。



敦賀港を隔てて前日に登った野坂山を見る



岩篭山方面



敦賀湾を隔てて西方ヶ岳



「尊良親王御陵墓見込地」 実際には墓所は京都でここは自刃の地とか



月見御殿跡から敦賀火力発電所のある地区を見下ろす

 三の城戸、焼米出土地(水の手)、二の城戸、一の城戸を通ります。シャガが多く見られます。鞍部を越えて東進し、天筒山へ向かいます。「天筒山」の読みも知らなかったのですが、帰宅後、「てづつやま」という読みを知って、それならば聞いたことがある、と納得しました。たぶん、NHKの大河ドラマか何かで聞いたのでしょう。



尾根上の歩道はしっかり整備されています



こんなとこにも熊が出るのかな?



石灰の露天掘りと敦賀セメント工場



「山」と書かれた面の隣は「大阪大林区界」と読めた



隣の標石は「宮域」

 山頂には三角点があるはずです。探すと、三角点は天面だけ残して土中に埋まっていました。何等かわかりません。また展望台があります。最初、外見ではそれが何の建物かわかりませんでしたが、近づくと入口があり、螺旋階段が続いていました。



四等三角点「天筒山」



展望塔



展望塔から見下ろす中池見

 もう少し南に進んで引き返します。散歩をしている人も何人かいます。でもなぜかみんな南から北へ歩いているのです。一方通行でもないのに、不思議に思いました。

 鞍部まで戻り、永厳寺(ようごんじ)方面へ下ります。ここにもシャガがたくさん見られました。永厳寺の脇を下ります。さてどうやって駐車場所まで戻ろうか。目の前には国道8号線が走っています。見ると、道路をくぐれるのか、下へ続く通路がありました。「泉村発祥之地」の泉があり、トンネルが通じています。それをくぐり、さらに貨物線を越えます。線路に沿って進み、駐車場に戻りました。



永厳寺裏手の墓地に出ました



永厳寺は見ただけで寄りませんでした



国道8号線をトンネルでくぐります

 野坂山も登り、観光半分の天筒山にも登ったので、もう満足です。思い残すこともなく、帰途につきます。高速道路は混雑しているでしょうか。わざわざ混雑している高速道路を通るぐらいなら、下道を通った方がましです。

 国道476号線で天筒山トンネルをくぐり、国道8号線に入ります。敦賀インターは素通りし、そのまま国道8号線で南下します。

 しかし関ヶ原を過ぎて国道21号線に入ると渋滞しています。これならば高速道路に入った方がいいかもしれません。どうせここから名古屋を通ってずっと下道で帰るのは疲れそうです。カーナビのVICS表示を見ると、高速道路は渋滞していません。昼間なので、行楽客はもう移動時間ではないのでしょうか。

 大垣インターから名神高速に入ると、流れはかなりスムーズです。ひょっとしたら通常の土日よりも空いているのではないかと思うほどです。もっともこんな真昼に名神を通ることもあまりないのでわかりませんが。

 尾張一宮PAで昼食をとります。明宝ハム丼(\830)。それなりには混雑していて食事場所も満席に近い感じです。でも道路はやはり空いていて、順調に進めます。交通情報では、東海北陸自動車道の下りでかなりの渋滞があると言っていました。やはり行楽地近くでは混雑しているようです。東名高速道路は極めて順調で、結局、そのまま渋滞に巻き込まれず、音羽蒲郡インターを下りて、ヤマナカに寄ってから、14:38に帰宅しました。高速料金はもちろん1000円(通常料金2600円)。

 見かけた花
 コナスビ、トキワイカリソウ、ミズタビラコ、タニギキョウ、ウラシマソウ、ヤブニンジン、ムラサキケマン、ツクバネウツギ、クサイチゴ、ヤエヤマブキ、ハルノノゲシ、ニホンタンポポ、セイヨウタンポポ、ヤブヘビイチゴ、オオイヌノフグリ、コハウチワカエデ、ヤブツバキ、シャガ、ナガミヒナゲシ


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